手術支援ロボットを知るコラム「MICS」と「内視鏡手術」という二重のわかりにくさ
帝京大学心臓血管外科 主任教授 下川 智樹
2025年09月16日
心臓の手術には、昔から行われてきた「胸の真ん中を大きく切る方法(正中切開)」だけでなく、体への負担をできるだけ少なくした「低侵襲手術」もあります。これを専門的には MICS(ミックス:Minimally Invasive Cardiac Surgery) と呼びます。ただし「MICS」という言葉は心臓手術特有の呼び方であり、一般の方にはあまりなじみがなく、分かりにくいかもしれません。MICSは一つのやり方を指すのではなく、胸を小さく切って行う直視下小切開手術、胸の中をのぞくカメラ(胸腔鏡)を使う手術、ロボットを使う手術などをまとめた総称です。そのため「MICS」と聞いても、具体的にどの方法なのかイメージしにくいことがあります。MICS=胸腔鏡手術やロボット手術というわけではない点も、他の診療科と異なる特徴です。
3D胸腔鏡手術の様子
また「内視鏡手術」という言葉も誤解を招きやすい表現です。多くの方にとって「内視鏡」といえば胃カメラや大腸カメラを思い浮かべるのではないでしょうか。しかし心臓の手術で使うのは「胸の中をのぞくカメラ」で、正しくは 胸腔鏡(きょうくうきょう) と呼ばれます。消化器外科の「腹腔鏡」と同じ仲間であり、「胸腔鏡手術」と理解するとより正確にイメージできます。実際に日本内視鏡外科学会などでは、腹腔鏡や胸腔鏡を含めて「内視鏡手術」という広い意味で使われていますが、一般の方には胃カメラの印象が強いため誤解されやすいのです。
ロボット手術の様子
日本での実際のデータを見ても、低侵襲手術は少しずつ広がっています。2021年の統計では、単独の大動脈弁手術は8,206例中818例(約1割)、単独の僧帽弁手術は4,415例中1,296例(約3割)がMICSで行われていました。まだ多くは従来の正中切開ですが、低侵襲手術の割合は確実に増えています。
このように「MICS」という言葉は便利な総称である一方で、聞いただけでは分かりにくく、「内視鏡」という言葉も誤解を生みやすいのが現状です。心臓手術の場合は「直視下小切開手術」「胸腔鏡手術」「ロボット手術」と分けて理解すれば、それぞれの特徴が見えやすくなり、自分の手術のイメージもしやすくなります。難しい専門用語にとらわれすぎず、分かりやすい言葉で理解を深めることが、安心して手術を受けるための大切な一歩につながります。
帝京大学心臓血管外科 主任教授
下川 智樹